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    カテゴリ:コメントいろいろ > 失敗ばなし


    厚生労働省の調査によると、2015(平成27)年の初婚総数は635156件となっており、20年前の約八割程度。平均年齢は男性が30.7歳、女性が29.0歳と晩婚化が進んでいることが見て取れます。一方で、「結婚して一人前」という考えが日本社会に根強く残っているのではないでしょうか。

    そんな中、ある『Twitter』ユーザーが結婚と人間性について次のようにツイートしてさまざまな反応が集まっています。

    知り合い(既婚者)が「40過ぎて結婚したことがない人は人間性に問題がある」て言ってたけど私は人間性に問題がある既婚者をいっぱい知ってる

    「既婚かどうかと人間性は全く関係ない」「結婚で判断されるのは嫌」といった声があったほか、「DVや児童虐待だってある」という意見も多数寄せられていました。

    別のユーザーは次のようにツイート。

    結婚しても人間性に問題があり離婚してる人達がたくさんいるのに何言ってるんだろうと思いました。40過ぎて結婚できない人は人間性に問題ありっていう人がもう問題ありなのに

    また、結婚と人間性を結びつけている人ほど離婚歴があるという反応も目立ちました。

    結婚生活を継続出来てる方々からは、あまり聞かないセリフ。
    今まで私にそのセリフをのたまった人は、100%結婚生活に失敗した人達でした。
    しかも、自分のせいで失敗してる人…。
    で、私に余計なアドバイスしてくれる(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
    あなたに貰うアドバイスなんか、ないんだからー!

    「そもそも人間性って何?」といった声も多数上がっていたほか、「こういう人が社会を不寛容にしている」という反応も見られた結婚の有無の問題。既婚・未婚によらず色眼鏡で見ないということが大事なのではないでしょうか。

    ※画像は『足成』より
    http://www.ashinari.com/2009/09/28-028370.php [リンク]

    ―― 表現する人、つくる人応援メディア 『ガジェット通信(GetNews)』


    (出典 news.nicovideo.jp)


    <このニュースへのネットの反応>

    【「40歳過ぎで結婚したことがない人は人間性に問題がある」に異論続出! 「全く関係がない」「そう言う人ほど失敗している」】の続きを読む


    仕事に疲れた、毎日が単調、自由が欲しい……独立はしたいけどやっぱり不安。脱サラの先駆者の生活をのぞいてみた――。

    バリ島バカンスをきっかけに脱サラ。年商1億円超え
    のんびり大好きな元営業マン室野 秀さん

    2009年に新卒採用でリクルートグループに入社しました。最初の1年は人材派遣の部署にいて営業を担当、翌年に異動となり、地方でホットペッパーの営業を担当しました。リクルートは独立志向が強い会社でしたが、当時の私は脱サラしたいと思っていませんでした。ただ、札幌で営業をしているとき、この仕事を続けていたら将来が見えすぎて面白くなさそうだと感じていたのを覚えています。

    そんな入社2年目の冬、寒い札幌を出て有給休暇を取って1週間バリ島に遊びに行きました。これが私の人生を変えるきっかけとなりました。

    バリ島では自分の人生を生きている方にたくさん出会いました。「サーフィンが好きだからバリに住んでるんだ」という方や、1日に4時間だけ働いてあとは家族とのんびり過ごす方……。リクルートでは数千万円の数値目標を掲げて毎日営業をしていましたが、1日の売り上げが数千円程度の小さな飲食店のオーナーがニコニコしていて、私からすれば輝いて見えました。

    バリ島に住みたいという感情が芽生え、帰国後に会社の先輩に相談したんです。そうしたら「じゃあ辞めなよ。行っちゃえよ」と思わぬ返答が。それからわずか3週間後。私はバリ島にいました。11年春のことでした。

    ■貯金額は残り約30万円「いよいよヤバイぞ」

    とりあえず家賃3万円程度のワンルームを借りて、海で泳いで飲み食いする毎日。バリ島版のホットペッパーをやろうかなとか、日本人観光客向けのガイドでもやろうかなとかいろいろ考えるも具体的な行動は何もしない。

    そんな毎日を送るうちに、ふと気づいたんです。バリ島の人って、全然働いていないな、と。現地の人も、海、クラブ、飲み……と、1日の行動が観光客と一緒。そこでバリ島在住の日本人向けの求人を調べてみたら、給料は月たった4万円(500万ルピア)ほど。ならば首都・ジャカルタで起業しようと思いました。

    バリ島で出会った大手日系繊維会社の駐在員にジャカルタのアパートを紹介してもらいました。家賃は6万5000円が最安。しかも1年契約を一括前払いで振り込む必要があります。180万円あった貯金は110万円にまで減っていました。それでも背に腹は代えられない。家賃1年分78万円を払い、貯金額は残り約30万円。バリ島では通じた日本語がジャカルタでは通じず、インドネシア語ばかり。いよいよヤバイぞと不安感が募りましたね。

    ■「たこ焼き御殿ができるぞ」と思った矢先のこと

    ジャカルタに来て1カ月くらい経ったとき、日本人祭りが開催されることを知りました。そこが起業のきっかけとなりました。思いつきでたこ焼きを売ってみたんです。そしたら、これが大盛況。飛ぶように売れました。

    その話をジャカルタで知り合った日本人の飲食店経営者に話したら、200万円を出資してくれたのです。スタッフを採用してたこ焼き屋を始めました。ロッテマートというアジア系スーパーの入り口の前で4個入りを約150円(2万ルピア)で売って、1日4000~6000円の売り上げが出ました。3カ月で6屋台(店舗)を出すまでに成長。これは、たこ焼き御殿ができるぞ! と思った矢先のことです。

    インドネシアでは、ビジネス手法を盗まれることがよくあります。味が従業員に盗まれ、売上金もくすねられました。半年で全屋台を畳みました。

    ■「自分は何のためにここにいるのだろう」

    貯金も底をつき始め、マンションの契約更新も迫った12年。ジャカルタで迎えた正月の日、SNSを見ると日本の友だちが家族や友人と楽しそうな写真をアップしているのを見て涙が出てきました。20円のカップラーメンをすすりながら「自分は何のためにここにいるのだろう」と悩みました。

    ただ、ここでも出会いに助けられました。商業施設でたまたま出会った日本語が堪能なインドネシア人と意気投合し、彼の家に住まわせてもらうことになったのです。食費も相手持ちでした。

    そんな生活を送るなか、私はあることが気になっていました。自分の髪や体毛が日本より早く伸びるように感じていました。周りの日本人も同じことを思っていたそうで、だったら脱毛サロンをやればいいのではと考えました。

    ■自分で自分の人生を決めている感覚がある

    脱毛なら機械で処理するので技術は盗まれないし、誰がやっても仕上がりに差が出にくい。さらに当時のジャカルタではガムテープのようなものを使って毛を抜く脱毛サロンしかありませんでした。これは正確に言えば「抜毛」。結局毛が生えてきてしまいます。

    継続的な施術により確実に脱毛できる機械を思い切って日本から取り寄せました。価格は1000万円。居候をさせてもらっているインドネシア人にも賛同してもらい、一緒に資金を調達し、店をオープン。当時のジャカルタには日本人が1万3000人ほどいて、美容意識の高い日本人駐在員の奥さん3000人をターゲットにしました。

    結果は大成功。初月で49万円の売り上げが入り、みるみるうちに売り上げは伸び、現在は9店舗を出店するまでになり、ほかに飲食店も始めました。これまでの半生を振り返ってみても、脱サラしたあとの現在のほうが私は幸せです。サラリーマン時代に比べ、バリ島の人たちのように自分で自分の人生を決めている感覚があります。

    かつての私がそうでしたが、サラリーマンは自分と同じ年収で、同じ生活サイクルの人同士で固まってしまいます。そうではなく、今の会社以外の人と知り合ってみてはいかがでしょうか。出会いで人生は変わると思います。

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    ▼キャリアコンサルタント・谷出正直さんの視点
    行動をしたことで偶然の出会いが生まれ、その出会いを大切にしたことがうまくいったポイントです。
    米国のジョン・D・クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」によると、「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的な事象によって決定される」と言われ、偶発的な事象を引き寄せるために「好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心」を持っているといいといわれます。
    室野さんは、この5つを持ちながら、行動し、偶然の出会いからビジネスが成功する種をつかみました。種を大きくする能力や人脈があったことも大きいでしょう。

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    喫茶店開業を夢見るもギャンブルはやめられず
    元ホテルマンのホームレス高木源太さん(仮名)

    母子家庭だったので、子どものころからお金に苦労したくないという思いが強かったです。そのため、中学卒業後すぐに働き出しました。最初に始めたのは当時の新高輪プリンスホテルのレストランのウエーターです。当時は外国人タレントが泊まる定番ホテルで、スペイン出身の歌手フリオ・イグレシアスもよく来ました。8万円のディナーショーをしていました。

    お客様から接客はかなり評価してもらいました。私は後に派遣社員になり複数のホテルを掛け持ちしたのですが、人気女優の三田佳子さんは別のホテルで私に会うと「あら、高木さんじゃないの」と顔を覚えてくれていました。嬉しかったですね。当時30代前半でしたが、最高で月54万円稼ぎました。

    ■怒られるとカッとなるクセがあった

    将来は喫茶店をやりたいという夢がありました。そのため、イロハを学ぶ目的で喫茶店でアルバイトしました。コロンビアとベトナムの豆の違いやコーヒーの落とし方、セールスポイントを叩き込まれました。しかし、日銭は必要です。そのためどうしてもホテルの仕事がメインで、あまり時間を割けませんでした。また、息抜きにしていたギャンブルがやめられずなかなか開業資金が貯まらなかった。

    また、私は仕事中にミスをしたときに上司に怒られるとカッとなるクセがあり、それで喧嘩することも少なくありませんでした。そういう人間関係が嫌なので正社員にはなりたくないという思いがずっとありましたね。

    いろいろなホテルでトラブルを起こしたせいもあり、信用がなくなってドロップアウトするようにフェードアウトしました。喫茶店を開きたかったのですが、ギャンブルがやめられず金はない。仕事をしてないものだから親との関係も険悪になっていきました。

    ■「ホームレスには怒っちゃダメなんです」

    41歳のとき、母親と喧嘩をして家に帰りたくない時期が続きました。最初は新宿のサウナで寝泊まりしましたが、どんどん金がなくなり、あてがなくて、板橋の文化会館の前を深夜トボトボと歩いていたら、カップ酒を飲んでる2人のホームレスがいました。

    タバコを吸いながら立ち話していると仲良くなってコンビニの廃棄弁当を食わしてくれたんです。これが本当にうまかった。ああ、タダで食べられるんだ、と驚いたんです。家賃もないし、こりゃあ一回やったらやめられねえ、と。

    「一緒に雑誌を拾おう」と持ちかけられ、住宅街で雑誌や漫画を見つけて古本屋に行きました。百科事典は1冊3000円で売れました。結果、新宿・歌舞伎町でホームレスになり、今に至ります。

    喫茶店の想いは捨てていませんが、まずは信用とお金を貯めないといけないなと思ってます。ホームレスはとにかく感情的になる人が多い。繊細なんです。今はほかのホームレスに仕事を紹介しているのですが、ホームレスには怒っちゃダメなんです。みんな人生を投げ出している人ばかりだから、そういう人たちに対して常識は通用しません。ホテル時代の話からもわかるように、私はすごい短気だったんですけど、仲間のホームレスたちを信頼して随分と優しくなりました。

    脱サラして独立したいという方には、その意思をしっかり貫くことが大事だと言いたいです。私は結局パチンコに行くのをやめられなかった。これまで何かを貫けていた人は独立して成功するタイプなんじゃないかなと思います。

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    ▼キャリアコンサルタント・谷出正直さんの視点
    「独立して喫茶店をやりたい」という想いが、明確でなかったことが要因です。
    「願望は強い。意思は弱い」と言われます。人間は易きに流れるので、喫茶店開業に向けてやるべきことをやらないといけないと思いながらも、楽しいこと、楽なこと、欲求に流れてしまいます。
    ビジネスをうまく立ち上げ、継続するためには周囲の協力は不可欠です。一番の協力者になるのは身近な人です。つまり家族や大変なことがあっても最後の最後まで一緒に頑張ってくれる仲間です。その人との関係性を大切にすることも重要になります。

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    手取りを増やそうと副業、そして独立
    元零細企業のサラリーマン鈴木リュウさん

    私が就職したのは、2012年。リーマンショックの影響がまだ残っており、新卒採用の門戸を開いてくれる会社は多くありませんでした。さらに私が大学を2年留年したせいで、就職活動は難航しました。150社受けましたが社員数15人程度の小さな出版社だけが拾ってくれました。もともと本は好きでしたが、配属されたのはアンダーグラウンドな情報を扱う月刊誌の編集部。出版不況で、初任給の手取り17万円から給与は一向に上がらず、ボーナスももらえません。風呂なしアパートに住みました。

    入社2年目の夏、たまたま手に取った木暮太一さんの『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』を読んで大きな衝撃を受けたのです。

    その本の書き出しには「一向に給与が上がらないと嘆いている人は多いですが、では、あなたの給与はどうやって決まっているか知っていますか」と記されていました。よくよく考えれば自分は給与の仕組みを知らなかったのです。その本を読み進めていくと大きな気付きがありました。

    ■これは自分でお金を稼がないとマズイぞ

    同書には、会社員の給与は、成果報酬を取ることがあっても会社の中で予算が決まっているものだと書かれていました。つまり、会社における人件費は、テナント料やコピー用紙代と同様に額が決まっているものです。いくら仕事をがんばっても、給与は簡単に変動するものではないのです。それでは、いつまでたっても給与は上がらない。出版不況が今後も続いていく以上、ボーナスはもちろん、月給も上がらない。これは自分でお金を稼がないとマズイぞ、と思ったのを覚えています。

    そこで仕事だけの毎日から脱却し、夜はできるだけ誘われた飲み会に参加するようになりました。新たな出会いから転職を試みるためです。その後、飲み会で出会った友人に記事を書いてくれないかと相談されたのです。1本3000円を週に3本で月に3万6000円の副収入。飛びつきました。

    ■もっとも感じる変化は、お金よりも異性からの評価

    こうして副業として記事を書いていくと、会社員には不自由なことが多いのに気づき始めました。その友人から「独立しちゃいなよ。仕事は振るから」と言われ、その年の5月に退社しました。独立した15年は一気に年収が1.5倍になりました。

    脱サラしてもっとも感じる変化は、お金よりも異性からの評価です。決して収入が増えたからではなく、女性にモテ始めたのです。

    自分で時間を管理できるようになったので、女性とのアポを取りやすくなっただけでなく、会社員時代に比べて「仕事で関係ないから会わない」ということがなくなり、「どこかで仕事につながるかもしれない」と様々な業種の方との飲み会にもより積極的に参加するようになりました。

    結果として、知識が増え、会社員当時に興味のあった哲学だけでなく、金融、ファッション、美容、建築など様々な分野のプロの方とお会いし、情報を集めることで女性と話せる話題も増えました。美味しいお店も詳しくなりました。

    女性との出会いが増えた私は現在、女性と知り合う機会が少ないビジネスマンに女性を紹介し、その男性たちへの恋愛コミュニケーションのコンサルティングをメインの仕事にしています。興味関心のある分野だけに固執しなかった入社2年目のときの読書と飲み会が今の「モテ」を作りました。

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    ▼キャリアコンサルタント・谷出正直さんの視点
    自分の得意分野と相手の期待が重なる点を見つけ、貢献できたことがポイントです。
    まず、「記事を書く力」があり、「情報収集力」「人脈」へと広がりました。自分の好き、嫌いにかかわらず、得意分野を伸ばし、さらに広げることができたのがよかったです。
    また、「書く力」×「情報」×「人脈」と、掛け合わさることによってより希少性が高まったことでしょう。自分が好きだから、やりたいからだけでは、ビジネスとして成立しません。相手への期待に応えられるからこそ、ビジネスとして成り立つのです。

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    作家を目指して会社を辞めたが、結局水商売
    元アパレル社員のキャバクラボーイ矢野寛太さん(仮名)

    学生時代は、有名私立大学の文学部で文芸批評の勉強に取り組む、比較的真面目な学生でした。

    アルバイトをしていた居酒屋で接客の楽しさに目覚め、卒業後はアパレルブランドの販売員として就職します。これが間違いの始まりでした。

    高級百貨店に入っている店舗に配属されたのですが、バーゲンなどの繁忙期以外は連日閑古鳥。それなのに、ただでさえ少ないお客さんが来店しても、入社年次の早い順に接客する権利があるというシステムでした。個人の目標販売金額が設定されているにもかかわらず、新人は接客さえできません。矛盾した環境に毎日悩んでいました。

    給与の面でも不満はありました。新人は試用期間ということで時給1000円。フルで働いても額面で15万円ほどです。アパレル販売員ですから、売り場に立つにも自社ブランドの服を購入して着用しなくてはなりません。それも自腹です。さらに社会保険料などを引いたら僅かな額しか残りません。

    また、直属の上司がくせ者で、新入社員の査定が各店舗に任されていることにかこつけて、退社するまでずっと「試用期間」としてこき使われました。他店舗の同期たちはとっくに正規の給与を貰っているのに、こんな扱いを受けたのはこたえましたね。今思うとブラック企業なのですが、世間知らずな私は、自分が悪いのではないか? と憂鬱な日々を送っていました。

    そんな中、たまたま卒業した大学のホームページを見ていたら、大学院の受験出願まで残り1カ月という一文を目にして、これだ、と思いました。ぼんやりと抱いていた文芸批評の研究を通じて、作家として本を出したいという夢もありましたが、会社に嫌気が差していたこともあり、半ば勢いで出願し、脱サラすることになりました。

    ■アルバイトと思っていたら、キャバクラのボーイの仕事

    受験勉強もして、無事に入学することができました。しかし夢見て入った大学院の現実は厳しいものでした。

    あまり就職に繋がるような研究科ではないことは覚悟していたものの、その年の修了生で就職できた人はたった1人という、ずば抜けた就職率の悪さ。その時点で、大学院を履修しても、就職するうえでメリットにならないことを肌で感じました。

    とはいえ、生活のためにはお金が必要です。以前アルバイトをしていた居酒屋の常連から「人手が足りないので店を手伝ってほしい」という連絡が来ました。渡りに船とばかりに了承し、当日お店に行ってみて驚きました。普通の飲食店のアルバイトと思っていたら、キャバクラのボーイの仕事でした。

    夜のお店の知識などありませんが、話の種にでもなるかと思って始めてみると、これがなかなか悪くない。キャバクラといっても、大本の経営会社はしっかりしていて、もちろん時給もいい。社員のみなさんもこまめに休憩を促してくれたり、とても優しいんです。パワハラや理不尽な労働環境に置かれていた販売員時代と比べると、まるで天国のように思えました。

    現在もボーイの仕事を続けていますが、アルバイトですし、いつまでもこの仕事をしているわけにはいきません。作家を目指して執筆活動は続けているものの、デビューできる保証もなく、数年後の自分がどうなっているか予想もつかないのです。最近は「これが本当に自分がしたかったことなのか」と、自問自答する毎日です。

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    ▼キャリアコンサルタント・谷出正直さんの視点
    「事実」と「解釈」を分けて、捉えてみてはいかがでしょうか。
    過去の出来事をポジティブに解釈するのも、ネガティブに解釈するのも自分自身。であれば、ポジティブに捉える中から、自分ができることに焦点を絞って、行動するとよかったと思います。
    将来の不安に対しては、改めてどんな生活や生き方をしたいのかを考え、必要な能力や人脈を逆算し、それに向けて日々取り組むという考え方もありです。人生は出会いによって変わると考えるなら、今のところで一生懸命に働き、チャンスや出会いをつくっていくというのもありです。

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    谷出正直
    キャリアコンサルタント、採用アナリスト
    1979年、奈良県生まれ。エン・ジャパンで、新卒採用支援事業に約11年間携わる。2016年に独立し、キャリアコンサルタント、採用アナリストとして活動。

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    写真=iStock.com/Umkehrer


    (出典 news.nicovideo.jp)


    <このニュースへのネットの反応>

    【脱サラで幸せになる人、一文無しになる人】の続きを読む


    深夜の時間帯は、昼間にはできないことができるような気がしますよね。しかし、そのときは勢いで押し切ったものの、翌朝になって後悔したことはありませんか? 深夜にしたことを次の日の朝になって後悔した経験について、ヒトメボ読者に聞いてみました。

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    ●二次会で帰ればよかった…
    「僕は全然お酒が飲めないのですが、誘われるといつも三次会、四次会まで付き合ってしまいます。その頃には周りも泥酔していて変に絡まれるし、僕自身も多少は飲まされるので頭も痛いし、始発の駅で白む空を見上げながら毎回後悔します……」(富山・28歳男性)

    参加するメンバーによっては断りづらい飲み会。始発の時間になって「あれ? なんでまだこんなところにいるんだっけ?」となることも。

    ●暴飲暴食するんじゃなかった…
    「休みの前日の深夜、夜更かしするとコンビニに行きたくなります。そして、コンビニに行くとスイーツや甘い缶チューハイを手当たり次第買いたくなっちゃって……。夜中にたくさんの甘いモノを食べたり飲んだりしながら映画を観るのが週末の楽しみですが、翌日胃もたれと体重計の数値に向き合って後悔します(笑)」(栃木・29歳女性)

    夜中に食べる甘いモノって、どうしてあんなに美味しく感じるんでしょうか……。

    ●衝動買いするんじゃなかった…
    「深夜にテレビを観ていると、通販番組をやっているのでついつい買ってしまいます……。次の日にもう一度考え直してみると、全然必要ないものなのに(笑)。買ったからにはせめて活用したいんですが、テレビ通販で買うものって、日常生活にあまり必要ないものが多いんですよね」(長野・34歳女性)

    「終了日時が深夜に設定されたオークションの罠に毎回かかります……(笑)。深夜だと、見ている人が多かったり財布の紐が緩くなったりするのか、終了間際に入札価格が跳ね上がったりするんですよね。意地になって落札して、翌朝後悔するのがお決まりのパターンです」(神奈川・26歳男性)

    大きな買い物をするときは一晩寝てから考え直した方がいいと言いますが、夜中の買い物は理性が働かなくなりがちなようです。

    ●どこかで冷静になって思いとどまればよかった…
    「大学のゼミの飲み会の後、友だちのつもりだった仲の良い同期の女の子と、朝まで二人で過ごしたことです……。後悔というと言い方は悪いですが、大学を出てもずっと友だちを続けたいと思っていたくらい気が合う相手だったので、どこかのタイミングで冷静になるべきだった……と思いました」(埼玉・21歳男性)

    そこから改めてどのような関係を築いていくのか、手腕が問われそうです……。

    ●あと10分でも早く寝ればよかった…
    「毎朝起きるときに思うんですよね。前日寝る直前にスマホをいじるのをやめていたら、こんなに朝が辛くなかったんじゃないかって……。同じ後悔を毎日するのに、やっぱり夜になると寝る前にスマホいじっちゃうんですよね……」(東京・22歳男性)

    「仕事から帰ってダラダラしているうちに、あっという間に日付が変わっています。もっと早くから夜ご飯を食べたりお風呂に入ったりしておけばいいのに、行動を始めるのが遅いせいで毎日就寝時間が深夜に……。翌朝、なんでもっと早く寝なかったんだろうと後悔します」(滋賀・24歳女性)

    寝不足のツケは翌日の自分が払うことになるのに、なぜか前日の自分はあまり加減してくれないんですよね。


    夜中のテンションでやった行動を次の日の朝に後悔した経験のある人、少なくないのではないでしょうか。深夜に何かの衝動に駆られても、一旦冷静になって翌朝の自分を想像する余裕を持ちたいものですね……。

    (ヒトメボ編集部)

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    (出典 news.nicovideo.jp)


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    【「二次会で帰っておけばよかった…」朝になって後悔する深夜の行動】の続きを読む


    ここ数年、アルコール、薬物、ギャンブルなど様々な依存症が社会問題化している。中でもアルコール依存症は、酒の消費量が減少しているのに患者は増えているという。

    厚生労働省のHPには、アルコール依存症は〈大切にしていた家族、仕事、趣味などよりも飲酒をはるかに優先させる状態〉と記されている。同省の研究班によると、日本におけるアルコール依存症者数は約109万人(平成25年推計値)だが、治療を受けている人は約4万3千人(平成23年調査)。多くの患者が治療を受けていないことがわかる。

    この数字のギャップが意味するものは、アルコール依存症=「意志が弱い」「恥ずかしい」といった社会的イメージだろう。アルコール依存症は治療を施すべき病気だが、こうしたイメージによって患者が治療に踏み出せず、問題が悪化してしまうケースも多いという。

    アルコールに限らず、様々な依存症が社会問題化しているアメリカの場合はどうなのか? 「お酒は大好き!」というパックンマックンのパックンこと、パトリック・ハーランさんに聞いた──。

    ***

    ─時々、アメリカの芸能ニュースが「俳優の〇〇さんがアルコール依存症の治療施設に入った」とか「歌手の〇〇さんが数ヵ月にわたる薬物依存症の治療を終えて復帰した」という話題を大っぴらに報じているのを目にしますが、日本ではあまりそういう報道は見ないですね。

    パックン ほとんど見ないですよね。日本にも覚醒剤などの薬物保持や使用で逮捕された後、依存症が発覚したケースや、更正して芸能界に復帰したタレントさんもたくさんいますが、一旦は墓場に葬られ、そこからなんとか這(は)い出してきた…みたいなイメージがある。アメリカのように有名人が「私は〇〇依存症なので、しばらく治療します!」って公然とカミングアウトできるような空気はありませんね。

    ―アメリカ社会には依存症の治療をポジティブに応援するという印象がありますが、それはなぜでしょう?

    パックン かつてはアメリカでも依存症は「恥ずかしいこと」と見なされていましたし、いまだにそんなイメージは少なからず残っています。しかし、約40年前、第38代大統領ジェラルド・R・フォード夫人のベティ・フォードが社会の認識を変える大きな転換点を作りました。

    彼女自身、アルコールと鎮痛剤の依存症に苦しんでいて、フォード大統領の退任後に専門的な治療を受けた。退院後の1982年、自分と同じように依存症に苦しんでいる人たちを救おうと「ベティ・フォード・センター」という治療施設を設立したんです。依存症は恥ずかしいことではなくて、治療できる病気ですと啓蒙し、社会の見方を大きく変えていったんですね。

    ─大統領夫人がカミングアウトするだけでも驚きなのに、自身の名前を冠した治療施設を立ち上げるってすごいですね!

    パックン しかも、フォード大統領は共和党員で保守層が支持基盤なのに、その夫人のベティは依存症治療の支援だけでなく妊娠中絶の権利も支持した人だったんです。これは驚きです。

    アメリカでは“Go to Betty Ford”といえば、依存症の治療施設に入ることを意味します。それほどベティ・フォード・センターは依存症治療の代名詞になっていて、アルコール依存や薬物乱用などに苦しむ多くのセレブ達がここで治療を受けていることでも超有名です。

    こうした流れのおかげで、今やアルコール依存症を告白し、治療に入ることに対する偏見は少なくなりました。27歳にしてアルコール中毒で亡くなってしまいましたが、イギリス人歌手のエイミー・ワインハウスが自身のリハビリ経験を元に書いた曲『Rehab』でグラミー賞を獲ったことも社会の変化を象徴する出来事でした。

    ただし、先ほど言ったように、ベティ・フォードが運動を起こす以前はアメリカでも「アルコール依存症は恥ずかしいこと」「依存症になるのは意志の弱い人」と捉えている人のほうが多かった。アルコール依存症への視線は日本よりも厳しかったかもしれません。

    そこには宗教的な背景もあって、キリスト教の教えでは神様と本当の関係を持つことだけが最高の喜び、恍惚につながる。それ以外のことから喜びを得てはいけないと信じている人が少なくない。お酒、薬物、セックスなどから喜びを得ることは禁じられているんです。セックスは快楽のためではなく、「子孫を残す」という神様に与えられた使命を目的にしなきゃいけないから避妊も中絶もダメだと考えるわけです。

    アメリカ社会の基盤を作ったイギリスからの最初の移民には、ピューリタンという、キリスト教の中でも特に厳しい戒律を持つ宗派の人が数多くいたし、クエーカーといって禁酒を理想とする宗派もあった。その流れを汲(く)んで20世紀初頭には、かの有名な「禁酒法」が作られちゃったりするわけです。禁酒法は数年で廃止されたんですけど、今でも州によっては禁酒郡があるんですよ。

    ─ええっ? 今でも禁酒法が生きている場所があるんですか?

    パックン 南部の多くの州にはお酒を売っちゃいけない郡があります。そのひとつであるジョージア州に行ったことがありますけど、確かに売ってなかったです。ただし、その郡の住民たちが本当に飲んでいないかといったらそうでもない。隣の郡に行って買うんです。群境を越えた瞬間に酒屋だらけ! すごい数の酒屋が並んでいるんです。

    ─禁酒法なんていう法律を作ってしまうほど「お酒に厳しい」アメリカ社会が、今やアルコール依存症をきちんと病気だと受け止めるようになったのはすごいことですね。

    パックン でも、アメリカだって現在のような認識が広まるまでにはすごく時間がかかったし、今でもアルコールや薬物の依存症になる人を「自制できない人」と見なす人たちはいます。英語で「discipline」といって、なかなか適当な日本語が見つからないんですが、「自己抑制力」とでも言いましょうか。

    例えば「彼にはdisciplineがない」というと、「あの人は自己管理ができない」という意味で、最高のけなし文句になるんですよ。だから、昔に比べれば随分変わりましたけど、未だにアルコール依存症に苦しむ人たちを「discipline」がない人だと見なして、「恥」だと思っている人も少なくないのは事実です。

    ─とはいえ、アルコール依存症への理解は、アメリカのほうが進んでいるように思います。

    パックン 日本ではまだ「アルコール依存症は病気なんだ」という認識が低いですよね。だから、有名人も大っぴらに告白しにくいし、一般の方々もそうでしょう。アメリカには「AA(アルコホーリクス・アノニマス)」、直訳すれば「匿名のアルコール依存症者たち」という自助グループがあって、映画の題材になったりTV番組で紹介されたりするので、広く知られています。

    ここでは患者の皆さんが必ず週1回、ミーティングをする。最初に「皆さん、こんにちは、パトリックです」と挨拶から始まって「今週はこういうことがあって辛かった」とか「我慢できなくてちょっと飲んでしまった」とか告白して、お互いの体験や悩みを分かち合う。そして、お互いを責めることはしない。

    そういった組織が全国各地に普及しているので、依存症の当事者もオープンに打ち明けやすい。例えば、アルコールを勧められても、「僕はアルコール依存症なので飲みません」とハッキリ断ることができたり、親戚とか身近な人から「実はアルコール依存症で断酒会に通っている」と明かされたら、それを聞いた側も自分には無関係な問題ではないと認識できたり。そうやって、少しずつ偏見が取れてきているんだと思います。

    日本にも様々な断酒会がありますが、それ以前に僕が強く感じているのは、日本社会は薬物には厳しいけど、アルコールに対してはとにかく優しいということ。タバコの吸い過ぎとかパチンコ依存にも共通しているかもしれませんが、とにかく飲酒に寛大な社会。僕はいっぱい飲むから、日本のお酒の文化は大好きです。ただ時々、みんなでお酒を飲んでいて「この人、飲みすぎだよなぁ」という人がいても誰ひとり注意しないのを見ると、「うーん、これは違うな」と思う時もあります。

    これはお酒の問題だけじゃなくて、社会全体に言えることでもあると思うんですが、日本は「人に口出ししない社会」なんです。ネガティブなことや言いづらいことは徹底的に避ける。「あんた、そんな飲み方したら早死にするぞ」とは言えずに、すごく婉曲的にやんわりと伝えるに留めますよね。

    ―確かに、日本人はあまり他人に干渉しませんね。

    パックン ただ、僕も偉そうなこと言えない。例えば、酒癖が悪くて、飲み会ですぐスタッフを説教するTV局のお偉いさんに対して、僕も口出せないから。アメリカにいたら出せるかもしれないけど、日本で「ちょっと待って!」と言いにくい。

    日本人がハッキリ物申さないのは、ある意味、優しさでもあると思うけど、そのせいで本当に治療が必要な人に「もうここまできたら病気だから、あんた治療したほうがいいよ」って言ってあげるチャンスを逃していることも多いんじゃないかと思います。

    パックン 表面的にはみんな仲良くやっているように見えるけど、その背景には日本社会の「恥の文化」がある。例えば、精神科に通院しているところが目撃されたら、近所で噂になると恐れてしまう。だから、誰かに相談するとしたら、占いに行ったりする。でも、占い師には医療の資格はありませんよ。アルコール依存症の人たちのほとんどが治療を受けていないのは、そういった文化による弊害もあるんだと思います。

    ─オープンに語り合って問題の解決に向かおうというアメリカの発想とは反対ですね。

    パックン それと、日本はとにかくお酒を飲む機会が多いですよね。意外に感じるかもしれないけど、日本ではご飯を食べに行くと、大体ビールかなんか注文するじゃないですか。でも、アメリカの場合は飲み仲間と行く場合は別として、家族とか同僚と食事に行く時は「お水で」というのが一般的です。お酒を置いていないレストランも多い。

    日本はレストランの他、スーパーやコンビニ、お酒を売っているお店がそこら中にある。酒飲みの僕にとってはものすごくありがたいんですけど、アルコール依存症の人にとっては誘惑だらけですよね。お酒に対する寛大さが患者の増加に繋がっている部分もあるのではないでしょうか。

    でも、日本は本当に社会を変えようと思えば変わるんです。それは、この20年で喫煙に対する社会意識がどれだけ変わったかを見れば証明済みです。歩きタバコもほとんど見なくなりました。飲酒運転だって激減しています。

    今はセクハラ、パワハラに対する啓発が急ペースで進んでいる。だから、飲酒をめぐる環境やアルコール依存症への受け止め方についても、日本社会が大きく変わることは十分にあり得るんじゃないかと思いますね。

    (取材・文/川喜田 研 撮影/保高幸子)

    ●パトリック・ハーラン










    1970年生まれ、米国コロラド州出身。ハーバード大学卒業後、1993年に来日。吉田眞とのお笑いコンビ「パックンマックン」で頭角を現す。『世界と渡り合うためのひとり外交術』(毎日新聞出版)、『大統領の演説』(角川新書)など著書多数。フジテレビ『報道プライムサンデー』(毎週日曜日午前7:30~)、BS-TBS『外国人記者は見た+日本inザ・ワールド』(毎週日曜午後10:00~)のMCを務める。
































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    “お酒大好き”パックンが語る「アルコール依存症」の日米文化論──なぜアメリカは大っぴらに告白できるのか


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    みんなが報告する『何らかの誤解を招いたモノ』が色々とジワるw



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